普段、滅多に映画館に行かない私が、公開初日に駆けつけずにはいられませんでした。 映画『栄光のバックホーム』。
今更になりますが、この記事は絶対書きたいと温めていました。
上映開始直後(開始10秒)から、涙が止まりませんでした。 横田慎太郎選手。彼が私たちに残してくれたものは、単なる「感動の実話」なんて言葉では片付けられない、もっと重くて尊いものでした。
今回は、一人の阪神ファンとして、そして「がん治療(放射線治療)」に携わってきた現役の放射線技師として、彼が成し遂げたことの凄さを書き残したいと思います。
映画で蘇った「背番号24」の姿
まず、映画を見て驚いたのは、その再現度の高さです。 主演の松谷鷹也さんのバッティングフォーム、まさに横田選手そのものでした。あの独特の構え、スイングの軌道…もともと野球をしていたとは言え、相当な練習を積まれたのだと思います。
そして、盟友・北條史也選手役の俳優さんも素晴らしかった。 雰囲気がどこか似ていましたし、何より北條選手特有の「愛されキャラ」や、二人だけに通じる絆の深さが画面越しに伝わってきて、それだけで胸が熱くなりました。
映画の中の横田選手は、私の記憶の中にいる「いつも笑顔で、誰からも愛されるヨコ」そのままでした。
横田選手を知っている人には再現性の高さに驚き、感動すること間違いないと思います。
技師だから分かる「闘病」の本当の過酷さ
私は仕事柄、がんの放射線治療の現場に立ち会うことがあります。だからこそ、画面には映らない「痛み」が痛いほど想像できてしまいました。
脳腫瘍という病気そのものの恐怖はもちろんですが、放射線治療や化学療法は、壮絶な副作用を伴います。 だるさ、吐き気、筋力の低下、視力の異常…。 普通の生活を送るだけでも精一杯な状態になります。
「コロナ禍」という二重の苦しみ
さらに彼を追い詰めたのは、あの時期が「コロナ禍」だったという事実です。
病院では面会謝絶。家族にも会えず、チームメイトにも会えず、たった一人で病室の天井を見つめる日々。 身体的な辛さに加えて、この「孤独」がどれほど精神(メンタル)を削ったか。想像するだけで胸が締め付けられます。
そんな極限状態の中で、彼は「もう一度グラウンドに立つ」という心を折らなかった。 これがいかに並大抵のことではないか。医学的な常識を超えた精神力です。
あれは「奇跡」ではない。「努力」だ。
引退試合での、あのバックホーム。 世間では「奇跡のバックホーム」と呼ばれています。
確かに、あの場面でボールが彼のところに飛んでくるという「シチュエーション」は、野球の神様が用意した奇跡だったのかもしれません。
でも、私は声を大にして言いたい。 ボールを捕ってから、ホームへ投げたあの送球。あれは奇跡なんかじゃありません。
病気で視力が低下し、ボールが二重に見えるような状態で、あんな正確なボールが投げられるはずがないんです。 まぐれであの軌道は投げられません。
あれは、彼が元気な頃から、来る日も来る日も泥だらけになって繰り返してきた「練習」。 そして、闘病中も「絶対に諦めない」と信じて積み重ねてきた「リハビリ」。
その「努力」が、身体に染み込んでいたからこそ出たプレーです。 身体が勝手に反応するまで練習した人間にしか、あのボールは投げられません。これは、私だけでなく横田慎太郎を知る人はみんな思っていることだと思います。
だから私は、「奇跡」という言葉で彼の努力を片付けたくないのです。 あれは、横田慎太郎という人間が積み上げた「努力と執念の結晶」です。
天国の横田選手へ
横田さん。 今はもう、痛みも苦しみもない場所で、大好きな野球を思いっきり楽しんでいますか? 大好きな鹿児島の実家のように、穏やかな気持ちで過ごせていますか?海を眺めていますか?
あなたが私たちに見せてくれた「諦めない姿勢」は、今も多くの人の心に生きています。 病気と闘う人、夢を追いかける人、そして私たち阪神ファン。 みんな、あなたの背中を忘れません。
本当に、本当にありがとうございました。 ずっと忘れません。
