「右肘のトミー・ジョン手術を受けることになりました」
プロ野球選手の怪我のニュースで、この言葉を目にする機会が増えました。
才木浩人、島本浩也、髙橋遥人、下村海翔。阪神にも、トミー・ジョン手術と長いリハビリを経験した投手がいます。
大谷翔平やダルビッシュ有など、手術後に再び第一線で活躍した有名投手も少なくありません。
そのため、
「今では成功率の高い手術だから大丈夫」
「1年休めば元通りになる」
「手術を受けると球速が上がる」
というイメージを持っている方もいるのではないでしょうか。
しかし、トミー・ジョン手術は、受ければ自動的に元の投球を取り戻せる“魔法の手術”ではありません。
実戦復帰までには一般的に1年前後、投手では1年半近くかかることもあります。さらに、試合へ戻ることと、手術前と同じ球速・制球力・投球回を取り戻すことは別です。
この記事では、トミー・ジョン手術の対象となる怪我、検査、手術方法、術後のリハビリ、復帰時期、成功率について、放射線技師の視点も交えながら初心者向けに解説します。
※本記事は一般的な医学情報を解説するものであり、特定の選手や読者の怪我を診断したり、治療方針や復帰時期を判断したりするものではありません。
トミー・ジョン手術とは?肘の靱帯を作り直す手術
トミー・ジョン手術の正式名称は、肘内側側副靱帯再建術です。
英語では「Ulnar Collateral Ligament Reconstruction」と呼ばれ、UCL再建術と略されることもあります。
正式名称は肘内側側副靱帯再建術
肘関節は、上腕にある上腕骨と、前腕にある尺骨・橈骨によって構成されています。
肘の内側には「内側側副靱帯」と呼ばれる強い靱帯があり、投球時に肘が外側へ開こうとする力を抑えています。
ドアの蝶番を支えるストッパーのような存在をイメージすると、分かりやすいかもしれません。
投手がボールを投げる際には、肘の内側へ非常に強い負担がかかります。
1球で突然靱帯が切れるケースもありますが、多くは何百球、何千球と投げ続ける中で小さな損傷が積み重なり、次第に靱帯が弱くなっていきます。
その結果、
- 肘の内側が痛む
- 全力で投げられない
- 球速が落ちる
- 制球が安定しない
- 投球後に強い張りが残る
- 「ブチッ」という感覚とともに痛みが出る
といった症状が現れることがあります。
傷んだ靱帯を縫うのではなく、別の腱で作り直す
トミー・ジョン手術は、傷んだ靱帯を単純に縫い合わせる手術ではありません。
一般的には、患者本人の前腕や太ももなどから採取した腱を、損傷した内側側副靱帯の代わりとして移植します。
よく使われるのが、手首から前腕にある「長掌筋腱」です。
手のひらを上に向け、親指と小指を合わせながら手首を少し曲げると、手首の中央付近に細い腱が浮き上がる人がいます。これが長掌筋腱です。
ただし、長掌筋腱は生まれつき存在しない人もいます。
その場合には、
- 太もものハムストリング腱
- 足の腱
- 他の部位の腱
- 提供された腱
などが選択肢になります。
上腕骨と尺骨に小さな穴を開け、採取した腱を通して固定し、新しい内側側副靱帯として働かせます。
傷んだロープをそのまま結び直すのではなく、別の丈夫な素材を使って、新しいロープを張り直すイメージです。
名前の由来はメジャーリーグ投手のトミー・ジョン
「トミー・ジョン」は手術を開発した医師の名前ではありません。
1974年、ロサンゼルス・ドジャースの投手だったトミー・ジョンが、フランク・ジョーブ医師によって世界で初めてこの手術を受けました。
当時は、肘の靱帯を大きく損傷した投手が競技へ復帰することは極めて難しいと考えられていました。
しかし、トミー・ジョンは長いリハビリを経てメジャーのマウンドへ復帰。
手術後も長期間にわたって現役を続けたため、彼の名前が手術の通称として定着しました。
どんな怪我・選手がトミー・ジョン手術の対象になる?
主な対象となるのは、肘の内側側副靱帯を損傷し、保存療法では高いレベルの投球へ戻れない選手です。
ただし、内側側副靱帯を痛めた選手が、全員トミー・ジョン手術を受けるわけではありません。
部分損傷と完全断裂がある
内側側副靱帯の損傷には、大きく分けて次のような状態があります。
- 靱帯の炎症や変性
- 一部だけが傷んだ部分損傷
- 靱帯が大きく切れた高度損傷
- 靱帯が完全に切れた完全断裂
- 骨との付着部から剥がれた損傷
同じ「内側側副靱帯損傷」という発表でも、損傷の程度や場所は選手によって異なります。
靱帯の中央が傷んでいるのか、上腕骨側や尺骨側の付着部が傷んでいるのかによっても、治療方針が変わる場合があります。
投手に多いのは投球ごとに強い負担がかかるから
投球動作では、腕が前へ振り出される時に、肘の内側を引き離すような力がかかります。
内側側副靱帯は、この力に耐えながら肘を安定させています。
特に負担が大きくなりやすいのは、
- 球速の速い投手
- 投球数が多い投手
- 登板間隔が短い投手
- 疲労した状態で投げ続ける投手
- 成長期に年間を通して投げ続ける選手
- 肩や体幹、下半身をうまく使えない投手
などです。
ただし、特定のフォームだけが原因になるわけではありません。
球速、投球数、休養、筋力、柔軟性、年齢、過去の怪我など、複数の要因が重なって損傷が起こると考えられます。
靱帯損傷イコール手術ではない
部分損傷や症状が比較的軽い場合には、まず手術をしない保存療法が選択されることがあります。
主な内容は、
- 投球の休止
- 炎症や痛みの管理
- 肘周囲の筋力トレーニング
- 肩や肩甲骨の可動域改善
- 体幹・下半身の強化
- 投球フォームの見直し
- 段階的な投球再開
などです。
研究では、プロ野球選手の不完全なUCL損傷に対し、保存療法で競技復帰できた例も報告されています。
一方で、保存療法を行っても全力投球で痛みが出る場合や、高い競技レベルへ戻れない場合には、手術が検討されます。
損傷の画像だけではなく、
- 投手なのか野手なのか
- プロを目指しているのか
- どのレベルまで復帰したいのか
- 痛みや不安定感はどの程度か
- 保存療法で改善したか
- 年齢や今後の競技人生
を総合して判断されます。
成長期の肘痛は別の障害にも注意
小学生や中学生の肘の内側の痛みを、すべて内側側副靱帯損傷と考えてはいけません。
成長期では骨や成長軟骨が完成していないため、
- 内側上顆の障害
- 骨端線の損傷
- 骨軟骨障害
- 剥離骨折
などが起こる可能性があります。
「プロ選手と同じ症状だからトミー・ジョン手術が必要」と自己判断せず、投球時の肘痛が続く場合は、整形外科やスポーツ整形外科を受診することが大切です。
トミー・ジョン手術前にはどんな検査をする?
内側側副靱帯損傷の評価では、画像検査だけでなく、問診と診察が非常に重要です。
MRIで靱帯に異常が見つかったからといって、それだけでトミー・ジョン手術が決まるわけではありません。
問診と診察が検査の出発点
まず確認されるのは、
- いつから痛みがあるか
- 1球で急に痛めたのか
- 少しずつ痛みが強くなったのか
- 投球のどの場面で痛むのか
- 球速や制球に変化があるか
- 小指や薬指にしびれがあるか
- 過去に肘を痛めたことがあるか
- 投球を休むと症状が改善するか
といった情報です。
診察では、肘の内側を押して痛みを確認したり、肘に外側へ開く力を加えたりして、靱帯の痛みや不安定性を調べます。
有名なのが「外反ストレステスト」や「ムービング・バルガス・ストレステスト」と呼ばれる診察です。
ただし、これらの診察も一つだけで診断するものではありません。
症状、診察、画像検査を組み合わせて評価します。
レントゲンでは骨や関節の状態を確認する
内側側副靱帯は柔らかい組織なので、通常のレントゲンに靱帯そのものが鮮明に写るわけではありません。
それでもレントゲン検査は重要です。
レントゲンでは、
- 骨折
- 剥離した骨片
- 骨棘
- 関節の変形
- 石灰化
- 成長期の骨端線
- 過去の怪我による骨の変化
などを確認できます。
投球を長く続けている選手では、肘の内側や後方に骨棘ができていることがあります。
靱帯損傷以外に痛みの原因がないかを調べる意味でも、レントゲンは基本となる検査です。
MRIでは靱帯の損傷と周辺組織を確認する
MRIは、靱帯、筋肉、腱、軟骨などの柔らかい組織を詳しく確認できる検査です。
内側側副靱帯損傷では、
- 靱帯が連続しているか
- 部分損傷か完全断裂か
- 損傷している場所
- 靱帯の変性
- 周囲の炎症
- 骨の内部の変化
- 筋肉や腱の損傷
- 軟骨の異常
などを評価します。
ただし、MRIも万能ではありません。
画像上では損傷があるように見えても投球できる選手がいる一方、通常のMRIでは小さな損傷が分かりにくいこともあります。
より詳しく調べるため、関節内へ造影剤を入れてから撮影する「MR関節造影」が行われることもあります。
→MRI検査では何が分かる?野球選手の怪我と画像診断をトラ技師がやさしく解説
超音波検査では動かしながら評価できる
超音波検査、いわゆるエコーが使われる場合もあります。
エコーの特徴は、肘へ力を加えながらリアルタイムで靱帯や関節の動きを確認できることです。
左右の肘を比較したり、外反ストレスを加えた時に関節がどれくらい開くかを確認したりできます。
MRIは静止した状態を詳しく見る検査、エコーは動きを含めて確認できる検査と考えると分かりやすいです。
MRIだけで手術は決まらない
前述した通り、MRIで断裂が見つかったからといって、必ず手術になるわけではありません。
逆に、MRI所見が軽く見えても、プロ投手が全力投球できず、保存療法でも改善しなければ手術が検討されることがあります。
最終的には、
- 痛み
- 肘の安定性
- 画像所見
- 投球への影響
- 保存療法の経過
- 本人が希望する競技レベル
を総合して判断されます。
これは選手の怪我ニュースを見る際にも大切なポイントです。
「MRIで部分損傷」という言葉だけで軽症と決めつけることも、「靱帯損傷」という言葉だけで手術確定と考えることもできません。
トミー・ジョン手術はどのように行われる?
手術方法には複数の術式がありますが、基本的な考え方は共通しています。
損傷した内側側副靱帯の代わりに腱を移植し、肘の安定性を取り戻します。
移植する腱を採取する
まず、新しい靱帯として使用する腱を準備します。
代表的なのが前腕の長掌筋腱です。
長掌筋腱を採取しても、多くの場合、手首や手の機能への大きな影響はありません。
長掌筋腱がない場合や、再手術などで使用できない場合には、ハムストリング腱など別の腱を使うことがあります。
採取した腱は、そのままではなく、新しい靱帯として固定できるよう整えられます。
上腕骨と尺骨に移植腱を固定する
肘の内側を切開し、損傷した靱帯の状態を確認します。
その後、内側側副靱帯が付着していた上腕骨と尺骨に小さな骨孔を作り、採取した腱を通します。
腱の通し方や固定方法には、
- フィギュア・オブ・エイト法
- ドッキング法
- スクリューやボタンを使う方法
などがあります。
術式は、選手の状態や執刀医の方針によって異なります。
移植した腱は、手術直後から完成した靱帯になるわけではありません。
体内で時間をかけて組織が変化し、新しい靱帯として機能するようになります。
そのため、痛みが消えたからといって早く投げ始めてはいけません。
尺骨神経を移動させることもある
肘の内側には、尺骨神経という神経が通っています。
机の角などに肘の内側をぶつけた時、小指や薬指までビリッとしびれた経験はないでしょうか。
この時に刺激されているのが尺骨神経です。
内側側副靱帯損傷に伴って尺骨神経が刺激されている場合や、手術後に神経への負担が予想される場合には、神経の位置を移動させる処置が行われることがあります。
手術後の合併症としても、小指・薬指のしびれや筋力低下など、尺骨神経に関係する症状が起こる可能性があります。
インターナルブレースは従来の再建術とは異なる
近年、「インターナルブレース」という言葉を目にすることも増えました。
これは傷んだ靱帯をすべて別の腱へ置き換えるのではなく、残っている靱帯を修復し、強いテープ状の素材で補強する方法です。
従来型のトミー・ジョン手術が「靱帯を作り直す再建術」なのに対し、インターナルブレースは「自分の靱帯を生かして補強する修復術」に近い方法です。
状態によっては従来の再建術より早く復帰できる可能性がありますが、すべての選手に適しているわけではありません。
一般的には、
- 比較的新しい損傷
- 靱帯の質が保たれている
- 骨との付着部付近の損傷
- 修復できる組織が残っている
といった条件が必要とされます。
長年の投球で靱帯全体が弱くなっている場合や、損傷が広範囲の場合には、従来型の再建術が選ばれることがあります。
ニュースではどちらも「肘の靱帯手術」と表現されることがありますが、同じ手術ではありません。
術後のリハビリはどのように進む?
トミー・ジョン手術では、手術そのものだけでなく、その後のリハビリが非常に重要です。
手術はゴールではありません。
長い復帰ロードのスタートです。
手術直後~1か月|移植腱を守りながら肘を動かす
手術直後は、装具や固定具を使って肘を保護します。
最初から肘を自由に動かすわけではありません。
一方で、固定し続けると関節が硬くなり、筋力も落ちるため、医師や理学療法士の管理下で少しずつ運動を始めます。
この時期には、
- 指や手首を動かす
- 肩周囲の運動
- 腫れや痛みの管理
- 肘の曲げ伸ばし
- 筋力低下の予防
などを行います。
手術から数週間すると、角度を調整できる装具を使いながら、肘の可動域を徐々に広げていきます。
2~4か月|肘だけでなく全身を作り直す
肘の可動域が戻ってくると、筋力トレーニングが本格化します。
鍛えるのは肘周囲だけではありません。
- 前腕
- 上腕
- 肩関節
- 肩甲骨周囲
- 胸や背中
- 体幹
- 股関節
- 下半身
まで全身を整えます。
「肘の手術なのに、なぜ下半身まで鍛えるのか」と思うかもしれません。
投球は腕だけで行う動作ではないからです。
地面を蹴った力を下半身から体幹、肩、肘、手首、指先へ伝え、最後にボールを放します。
下半身や体幹が十分に使えなければ、その分だけ肩や肘へ負担が集中します。
トミー・ジョン手術後のリハビリは、傷んだ肘を治すだけではなく、肘へ負担を集中させない投球動作を作り直す期間でもあります。
4~6か月前後|段階的な投球プログラムを開始
回復が順調で、筋力や可動域などの条件を満たせば、手術から4~5か月前後で軽い投球を始める例があります。
ただし、いきなりブルペンで全力投球するわけではありません。
最初は短い距離から軽く投げます。
その後、
- 短距離のキャッチボール
- 投球距離を延ばす
- 投球数を増やす
- 投球強度を上げる
- 平地での投球
- マウンドからの投球
- 変化球を加える
- 打者を立たせる
- 実戦形式
- ファーム公式戦
というように進みます。
一つの段階をクリアすれば自動的に次へ進めるわけではありません。
投球後の痛み、張り、可動域、筋力の変化を確認し、問題があれば強度を下げたり、一度休んだりします。
ブルペン入りは復帰目前ではない
手術後の選手がブルペンへ入ると、「いよいよ復帰間近!」と期待したくなります。
その気持ち、よく分かります。
しかし、ブルペン投球から一軍復帰までは、まだ多くの段階があります。
ブルペンでは、基本的に自分のタイミングで投げられます。
実戦では、
- 打者の反応を見る
- サインに従って球種を変える
- 走者を背負う
- クイックで投げる
- 牽制球を投げる
- ピンチで力を入れる
- イニング間に休んでもう一度投げる
- 連続登板や中6日で登板する
必要があります。
ブルペンで150キロが出ても、すぐに一軍で100球を投げられるわけではありません。
球速だけではなく、投球後に肘の状態を維持できるかが重要です。
トミー・ジョン手術から実戦復帰までどれくらい?
復帰期間は、選手の年齢、ポジション、損傷状態、術式、リハビリ経過によって異なります。
一般的に投手は、野手よりも長い期間が必要です。
投手の実戦復帰は12~18か月が一つの目安
研究では、手術前と同等以上の競技レベルへ復帰するまで、平均約12か月という報告があります。
一方、メジャーリーグ投手が同じレベルへ戻るまでには、平均15か月前後かかったという報告もあります。
したがって、プロ投手の復帰は、
- キャッチボール開始:4~5か月前後
- マウンド投球開始:6~9か月前後
- 実戦復帰:12か月前後から
- 本格的な一軍復帰:12~18か月程度
- 元の登板量まで回復:復帰翌年以降
というイメージを持っておくとよいでしょう。
ただし、これはあくまで一般的な目安です。
1年以内に戻る選手もいれば、髙橋遥人や才木浩人のように、別の症状や慎重な調整も含めて、復帰までさらに長い時間をかける選手もいます。
一軍復帰後も投球数や登板間隔を管理する
実戦へ復帰しても、いきなり手術前と同じ働き方へ戻すとは限りません。
復帰直後は、
- 球数を抑える
- 投球回を制限する
- 登板間隔を長くする
- 連投を避ける
- 登板後の回復状態を確認する
- シーズン通算の投球量を管理する
といった配慮が行われます。
阪神の才木も、一軍復帰した2022年は登板間隔を空けながら起用されました。
復帰登板で好投したからといって、すぐに中6日でフル回転させないのは、再び靱帯へ大きな負担をかけないためです。
ファンとしては毎週投げてほしくなりますが、長い目で見れば慎重な管理が必要です。
野手は投手より早く戻れる場合がある
野手の場合、投手ほど毎回のプレーで肘へ最大負荷をかけるわけではないため、比較的早く試合へ戻れることがあります。
ただし、
- 投球腕か反対側の腕か
- 捕手・遊撃手・外野手など送球の多いポジションか
- 指名打者で出場できるか
- 打撃時に肘へ痛みがないか
によって変わります。
大谷翔平は2018年に右肘のトミー・ジョン手術を受け、2019年は打者として試合に出場しましたが、投手としての復帰は2020年でした。
同じ選手でも、打者復帰と投手復帰では必要な期間が異なるのです。
手術の成功率は?「復帰」と「完全復活」は別
トミー・ジョン手術について調べると、「成功率80~90%」という数字がよく出てきます。
しかし、この数字は慎重に読む必要があります。
手術前と同等以上の競技レベルへの復帰率は約85%
投球競技選手を対象とした研究をまとめた報告では、手術前と同等以上の競技レベルへ復帰した割合は、平均約85.7%でした。
これは非常に高い数字です。
かつて選手生命を脅かしていた怪我から、多くの選手が競技へ戻れるようになったことは間違いありません。
ただし、約85%という数字は、
「全員が手術前より良い投手になる」
という意味ではありません。
約15%は同じレベルへ戻れなかったことにもなります。
試合へ戻ることと完全復活は違う
「復帰」には複数の意味があります。
- キャッチボールへ復帰した
- ブルペンへ復帰した
- 二軍戦へ復帰した
- 一軍へ復帰した
- 手術前と同じレベルへ復帰した
- 手術前と同じ成績へ戻った
- 手術前と同じ登板数を投げた
これらはすべて違います。
一軍で1試合投げれば「一軍復帰」ですが、その後もローテーションを守り、100イニング以上投げられるかは別問題です。
研究では、復帰後に投球回や登板数が減ったという報告もあれば、復帰できた投手の球速や変化量に大きな差がなかったという報告もあります。
選手によって結果は異なり、研究によっても「パフォーマンス回復」の定義が統一されていません。
したがって、
復帰率は高いが、以前と同じ成績まで戻れるとは限らない
という理解が最も正確です。
再手術では復帰のハードルが上がる
移植した靱帯も、永久に切れないわけではありません。
再び強い負担がかかれば、移植腱を損傷する可能性があります。
再断裂した場合には、2回目の靱帯再建術が検討されることがあります。
ただし、再手術は初回手術より難しくなります。
すでに骨へ穴が開けられていること、使用できる移植腱が限られること、周囲に瘢痕組織があることなどが関係します。
プロ野球投手の再手術後については、いずれかのレベルへ復帰できた割合が約72%、同じレベルへ戻れた割合が約58%、復帰まで平均18~20か月かかったという報告もあります。
初回手術より復帰率が下がり、期間も長くなる傾向があります。
手術を受ければ球速が上がるわけではない
トミー・ジョン手術後に球速が上がった選手がいるため、「能力を高める手術」と誤解されることがあります。
しかし、移植した腱が元の靱帯より強くなり、自動的に球速を上げてくれるわけではありません。
復帰後に球速が上がることがあるのは、
- 手術前に痛みで球速が落ちていた
- 1年以上かけて全身を鍛え直した
- 肩や股関節の可動域が改善した
- 投球フォームを作り直した
- 若い選手が身体的に成長した
- 下半身や体幹を使えるようになった
などの影響が考えられます。
トミー・ジョン手術の目的は、壊れた靱帯を再建し、競技へ戻れる可能性を作ることです。
健康な投手が球速を上げるために受ける手術ではありません。
阪神でトミー・ジョン手術から復帰した選手
阪神には、長いリハビリを乗り越えて一軍へ戻ってきた投手が複数います。
ここでは概要だけ紹介し、それぞれの詳しい経過は別記事で深掘りしたいと思います。
才木浩人|約2年間の空白を越えてエースへ
才木浩人は2020年に右肘のトミー・ジョン手術を受け、2022年に一軍復帰を果たしました。復帰直後は登板間隔を空けて慎重に起用されましたが、その後は阪神の先発ローテーションを支える存在へ成長。手術前に戻っただけではなく、長いリハビリを経て投手として一段階上へ進んだ代表例です。
→才木浩人はなぜ巨人に強いのか?G戦10連勝を支える“高さ・フォーク・配球”をトラ技師目線で解説
島本浩也|才木と同じ日に手術を受けた左腕
島本浩也も2020年にトミー・ジョン手術を受け、才木とともに長いリハビリへ入りました。リリーフ投手は連投や短い間隔での登板が求められるため、先発とは違った復帰の難しさがあります。それでも一軍ブルペンへ戻り、左の中継ぎとして再びチームに貢献しました。
髙橋遥人|複数の手術を乗り越えた復活左腕
髙橋遥人は2022年に左肘のトミー・ジョン手術を受けました。その後も左尺骨短縮術や左肩の手術を経験し、復帰まで長い時間を要しています。トミー・ジョン手術だけでなく、複数の故障や手術が重なれば、一般的な復帰目安より長くなることを示す例でもあります。
→髙橋遥人はなぜ2026年に無双しているのか?復活した左腕をトラ技師目線で解説
下村海翔|プロ入り後に手術を決断したドラフト1位
下村海翔はドラフト1位で阪神へ入団したものの、プロで公式戦に登板する前に右肘の手術を決断しました。新人として早く投げたい気持ちがある中で、将来を優先して長期リハビリを選んだ形です。その後、段階的に登板強度を上げ、2026年に一軍のマウンドへたどり着きました。
→【2026春】下村海翔がTJ手術から完全復活!評価急上昇の理由と「新しい靭帯」の強さを技師が解説
他球団・MLBでトミー・ジョン手術を受けた有名選手
プロ野球やMLBには、トミー・ジョン手術から復帰した有名選手が数多くいます。
大谷翔平|打者と投手で復帰時期が異なった二刀流
大谷翔平は2018年に右肘のトミー・ジョン手術を受けました。翌2019年には指名打者として出場しましたが、投手としての復帰は2020年です。二刀流だからこそ、打撃と投球で必要な回復段階が異なることが分かる例です。
ダルビッシュ有|手術後もメジャーで長く活躍
ダルビッシュ有は2015年に右肘のトミー・ジョン手術を受け、同年のシーズンを全休しました。2016年にメジャーのマウンドへ復帰し、その後も先発投手として長く活躍。手術後も投球スタイルを変化させながら生き残ってきた投手です。
前田健太|復帰後の起用法にも注目された先発投手
前田健太もMLB在籍中の2021年に右肘のトミー・ジョン手術を受け、翌シーズンを全休しました。復帰後は先発として登板しましたが、球数や登板間隔、リリーフ起用なども含めて状態を管理されました。一軍へ戻った後の使われ方まで含めて復帰ロードだと分かります。
選手ごとの復帰期間を単純比較してはいけない
「あの選手は1年で戻ったから、この選手も1年で戻れる」
とは限りません。
選手によって、
- 年齢
- 投手か野手か
- 先発かリリーフか
- 初回手術か再手術か
- 靱帯の損傷位置
- 他の怪我を併発しているか
- 手術方法
- リハビリ中のトラブル
- 球団の育成方針
が違います。
特定の選手の復帰時期を考える場合には、一般的な平均だけではなく、その選手の公式発表や実際のリハビリ段階を見る必要があります。
手術後のニュースはどこを見ればいい?
トミー・ジョン手術を受けた選手の復帰を追う時は、「何か月たったか」だけでなく、どの段階まで進んでいるかに注目しましょう。
キャッチボール再開
投球動作へ戻る最初の大きな一歩です。
ただし、距離や強度は低く、復帰まではまだ長い段階です。
遠投・距離を伸ばしたキャッチボール
肘だけでなく、肩・体幹・下半身を使った投球へ近づきます。
投球後に痛みや張りが出ないかも確認されます。
ブルペン入り
傾斜のあるマウンドから投げる段階です。
最初は直球中心、少ない球数から始まり、徐々に変化球や投球強度を上げます。
打者を立たせた投球・実戦形式
打者との距離感や配球、セットポジションなど、より実戦に近い要素が加わります。
ここで思うような球が投げられなくても、すぐに「復帰失敗」と判断する段階ではありません。
ファーム実戦
実際の打者を相手に、アウトを取る段階へ進みます。
最初は1イニングや少ない球数から始め、登板後の回復も見ながら投球回を増やします。
一軍復帰後の登板管理
一軍へ戻っても復帰ロードは続きます。
球数、登板間隔、年間投球回、連投の有無などを管理しながら、翌シーズン以降の本格復活を目指します。
まとめ|トミー・ジョン手術はゴールではなく復帰へのスタート
トミー・ジョン手術は、損傷した肘の内側側副靱帯を、別の腱を使って再建する手術です。
主に投球動作で肘へ大きな負担がかかる野球選手に行われますが、内側側副靱帯損傷の全員が手術を受けるわけではありません。
診察、レントゲン、MRI、エコー、症状、競技レベル、保存療法の経過などを総合して治療方針が決められます。
手術後は、移植した腱を守りながら肘の可動域を戻し、肩、肩甲骨、体幹、下半身まで作り直します。
軽いキャッチボールを始めるまで数か月。
マウンドへ戻るまで半年以上。
実戦復帰まで一般的に1年前後。
元の登板量まで戻るには、それ以上かかることもあります。
手術前と同等以上の競技レベルへ戻れる割合は約85%と報告されています。
非常に高い復帰率ですが、全員が以前と同じ球速、制球力、投球回を取り戻せるわけではありません。
「トミー・ジョン手術を受けた」と聞くと、長期離脱への不安が最初に浮かびます。
しかし、阪神には才木浩人、島本浩也、髙橋遥人、下村海翔という、長いリハビリと向き合ってきた選手がいます。
キャッチボールを再開した。
ブルペンへ入った。
打者に投げた。
ファームで登板した。
一つひとつのニュースは、選手が積み重ねてきた長い努力の結果です。
早く戻ってきてほしい。
ファンなら当然そう思います。
それでも、復帰を急かさないことが大切です。
一軍のマウンドへ戻ることだけでなく、その後も長く投げ続けられること。それこそが本当の復活ではないでしょうか。
トミー・ジョン手術は、選手の未来を保証する魔法ではありません。
それでも、もう一度マウンドへ立つ可能性をつなぐ、大きな一歩です。
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